前回法人税関連のトピックでは「企業会計と法人税制」について解説していきました。企業会計と法人税法の二者の関係はそれぞれ制度の趣旨と目的を異にするものでありますが、会社の計算に関する規定や制度のあり方を考える上でとても重要であり、企業の実務の面からみれば一体的なものであります。そこで今回は確定決算基準と損金経理要件について解説していきたいと思います。
1. 確定決算基準の意義
現行の法人税法は、確定決算基準(確定した決算(株主総会等で承認された決算等)に基づき法人税を確定申告する事)を採用しており、その実質的な意義は、確定した決算において採用し選択した会計処理が適正な会計基準に従ったものであり、法人税法上も許容できるものである限り、税務計算もそれに拘束され、申告調整が認められないことにあります。
2. 確定決算基準のあり方
確定決算基準に関しては、これを廃止して、いわゆる分離主義(企業会計と法人税法)に移行すべきであるという意見があります。その理由は、諸外国のなかには確定決算基準を採用していない例が少なくないこと、また、企業会計上の「利益」及びその裏付けとなる会計理論が常に適正かつ正当であるという法的保証がない限り、その利益をベースとして課税所得を算定することには法的な問題があるといった点が上げられています。
しかしながら、確定決算基準を廃止した場合には、企業会計とは別の税務計算上の企業利益を算定する必要が生じ、結果として、帳簿の作成や決算・申告事務の煩雑化を招くことになりかねません。したがって、現状の企業の実務を考えれば、当面は確定決算主義を維持することが適当であると考えられます。
3. 損金経理要件の意義
法人の費用又は損失について損金算入を認めるに際し、法人税法は多くの項目に損金経理要件を設けています。その意義は、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理しなければ所得金額の計算において損金算入を認めないとするものであり、確定決算基準を採用する論拠の一つとされています。損金経理要件は、償却費、評価損、引当金の計上など、法人の内部取引について、その計上や繰入れに係る法人の意思を表明し、課税当局がそれを確認するためのものであり、少額減価償却資産の損金算入など、外部取引であっても損金経理を要求する項目があります。
4. 損金経理要件のあり方
損金経理要件については、これを廃止し、いわゆる申告調整方式によっても損金算入を認めるべきであるという意見があります。その理由や根拠はさまざまでありますが、主として次のような点が指摘されています。
① 法人税が申告納税方式を採用していることからみると、法人の内部取引に関する意思の確認を申告書の上で行うことも可能であり、必ずしも損金経理による必要はない。
② 企業会計と会社法会計の国際化が進行すると、会計基準と法人税法との乖離が拡大することとなり、損金経理要件が会計処理と税務処理の障害になるおそれがある。
③ 損金経理要件は、償却費や引当金の計上額などについて、企業会計上適正と認められる金額を超えて費用計上することの誘因となっており、税務が不当に会計に介入するという逆基準性の問題を生じさせている。
しかしながら、費用又は損失について申告調整方式を導入した場合には、「決算利益はより多額に、課税所得はより少額に」という企業行動を誘引するおそれがあります。また、法人税の申告所得が適正であるとしても、企業利益との間に大きな開差があることは、計算書類の信頼性が損なわれるおそれがあるとともに、企業会計と法人税の計算規定を可能な限り一致されることが望ましいという考え方にも反することになります。
このような問題点からみれば、費用又は損失の損金算入については、原則として損金経理要件を維持することが適当であると考えられます。
5.逆基準性の問題と損金経理要件
法人税法における損金経理要件と企業会計との関係については、いわゆる逆基準性の問題があり、会計が税制によって歪められているという指摘があります。一定の会計処理をしなければ税制上の有利な取扱いを受けられないという面からみれば、損金経理要件が適正な会計処理の障害になっているとみることができます。この問題は、税法基準にかかわりなく、会計基準に従って適正な処理を行えば生じないことであり、法人税法が損金経理要件を採用していることとは、論理的には関係しないと考えられています。
しかしながら、企業会計のみに従って会計処理をすることは、税制上の恩典を放棄することになる場合が多く、税法基準を考慮せずに会計処理を行うことは、実際には極めて困難であります。このような会計実務の実情をみると、損金経理要件の下では、企業会計と法人税制の取扱いが相違する限り、逆基準性の問題は解消しないことになります。企業会計の健全性を阻害しないためには、損金経理要件の廃止と申告調整方式の拡大は将来的な検討課題となっています。